2016年09月02日

多摩とリニア 第7回 残土問題って何だ? (中)

 前回は神奈川県旧藤野町(相模原市)のリニア坑口予定地、残土問題の現地報告をした。その際、山岳写真家の三宅岳さんが連れていってくれたのが、河内正道さんのご自宅だった。河内さんは長年藤野町役場に勤務しリタイア、町の残土条例の策定にもかかわった。具体的に残土が現場でどのように扱われるのか、「30年前から残土と格闘してきた」という河内さんにレクチャーを受けた。
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 前回、町の牧野地区の用沢に、国立競技場で発生する残土が置かれる計画があると報告した。河内さんは近隣住民で、その前はリニアの残土を持ってくると聞いていて、さらにその前は県の廃棄物処理場を作るという計画があり、これは下流の横浜市民が反対しポシャった。
実際に予定地を上部の林道から見下ろした。杉木立の中の急峻な谷地形で、ここを埋めるのかと疑問に思った。林道周辺から下の斜面に残土をダンプから下ろすという形になるのだろう。
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通常残土を置く土地は地権者から借りて平にして戻す。道路に近いほうから1㎥あたり1200円、1000円、800円と地主にお金が落ちるしかけになっているそうだ。1㎥の残土を引き受ければ、3000円ほどが業者に入る。10トントラックでは5㎥を積載できる。したがって、ダンプが1回運べば15000円の計算になる。
今回用沢の残土置き場は5万㎥の事業なので、5000万円の事業ということになる。現在では各地で残土条例などの規制がかかっているので、規制がかかればかかるほど利益率は低くなる。したがって、利益率を上げるための違法な投棄への誘因が生じる。
藤野の残土問題が目に見える形で噴出したのは、多摩ニュータウン建設に伴う残土が運びこまれたころだという。結局地元で置き場所を探すよりも処理が可能な安い場所に捨てられたということかもしれない。排出側も行先を把握しないまま業者に丸投げする。その業者がヤクザのフロント企業だったりすることもある。三宅さんが町内に以前業者が置いた事務所の建物を指し示しながら、「あそこの社長は抗争事件で新宿で射殺されたんです」と間髪入れず解説してくれた。
現場では、積み方が悪くて土砂が流出することも少なくなかったし、実際残土を不法に投棄して崩壊し、新聞記事になった場所も三宅さんに見せてもらった。
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そもそも「埋める」という目的のために残土予定地は谷地形が選定される。でも谷というのは流れがあったから凹状地形になっている。そこをせき止める形で残土を置けば、災害の原因にもなりそうだ。そうでなくても土砂が置きっぱなしになれば、泥が流出することもある。実際既存の残土置き場では、雨で泥が流出し集落の近くの篠原川の川原がドロドロになり、下流の相模湖まで達することがあった。
 藤野町では残土条例ができ、相模原市に吸収合併されて一時的に条例が消え、その後相模原市でも残土条例ができた。つまりどこの町でもある条例ではなく、残土問題で悩んだ自治体に条例ができたりするようだ。また、都道府県にも残土条例がある。他県からの残土の受け入れは原則しないという規定があったりする。ちなみに辺野古の埋め立ての土を他県から持ってくるという話がある。それは残土ではなく商品としての山砂や川砂、海砂だ。

 旧藤野町の場合、広さが3000uまでは役場が許可をし、それ以上は県が許可をするというのが河内さんの説明だ。業者は役場に申請をして役場が事業内容を確認し、券を発行して処分が可能となる。ところが業者のほうは、役場が発行する受領印を旗印に(実際の許可証ではない)、元締めがチケットを配り、許可される前に現場にトラックが一日100〜200台と押し寄せる。三宅さんが「トラックどうしがそのチケットをやり取りするのを見たことがある」と付け加えていた。役場のほうは、注意→勧告→中止という手順で指導することができる。ところが指導したころにはすでに現場には残土が詰まれている。

そのため「荒らされて逃げられる」という事態に対処するために、地主に共同責任を負わせることになる。事業認可にあたって1㎥あたり200円で、供託金を地主に求めるのだ。近隣住民との協議、協定をすることも要件として課せられた。50〜100万円と違反した場合の罰金も課すことができる。残土を運ぶためにたくさんのダンプが往来することになる。最終的に道路の拡幅も業者に課し、警備員を10人配置することも注文を付ける。

藤野の町内を車で行き来すると、ゲートがあったり不自然に道路が狭くなっていたりする場所がある。地主の意向もあったりするようだけれど、そういった集落の自己防衛策が残土の搬入を現地で阻んできた。業者としてはさまざまに課せられる業者負担に「不当な負担」という言い分があるようだけれど、「行政が、裁判をやりましょう、と腹をくくれば撃退できる」と河内さんは力説していた。
それでも現在の条例は「やる場合にはこういう条件をクリアしろ」という条例なので、本当は自然環境保全地域など、利用規制の条例が欲しいところだ、と河内さんは言っていた。残土問題では業者は「善良な仕事をするという前提がない」というのが経験を踏まえての河内さんの感想だ。リニアで排出される残土、持ち込まれる側は早めに防衛策を取っておいたほうがよさそうだ。(「府中萬歩記30号、宗像充)
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残土置き場の下部は水が溜まり、周囲の木々が枯れていた。
流れ出ているのは水だけなのだろうか。

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登山者のグループで「リニアで南アルプスを壊さないで」と呼びかける賛同アピール運動をしています(同名のサイトから賛同できます)。わずか1カ月で1100人以上の方が賛同してくれた。まだまだ集めています。ご協力ください。

posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 07:42| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

南アルプスの山とリニア

 登山の雑誌の取材で、リニア新幹線の工事予定地に入るという名目で、南アルプスの大鹿村に入ったのが4年前の2012年。大学1年のときに冬山の偵察で小渋川から荒川三山の登山に来たのが1995年の秋だったので、17年ぶりの大鹿村だった。学生のときどういう風景だったのかちっとも覚えていない。村からは小渋川沿いに赤石岳がよく見えて、モノトーンの過去の記憶が鮮やかに色づいていった。17年前には、最後の集落の釜沢で4年の渕沢さんが「こんなところによく人が住んでいるよなあ」と言った言葉を、今もよく覚えている。
 その釜沢がリニア中央新幹線の南アルプスルートの工事現場になる。釜沢の手前には日向休という赤石岳のよく見える場所がある。そこに南アルプストンネルを出たリニアの路線が橋梁で小渋川をまたぐことになっている。ウェストンの『日本アルプス登山と探検』には、ウェストンが駒ケ根から分杭峠を越えて秋葉街道沿いに大鹿村に至り、そこから赤石岳を目指した記録がある。1892年のことだ。当時、南アルプスの最高峰は赤石岳と考えられていて、それが山脈名にもなっている。
ウェストンは村の人の紳士な対応に感銘を受けたようで、それを著書で紹介し(読んでください)、村の人は自分たちのことを世界に知らしめてくれたウェストンを顕彰する記念碑を2012年に建立している。
ウェストンが持ち込んだ「近代登山」を、恐れ敬う対象としての山から娯楽を本道とする登山形態への移行と乱暴に言ってみよう。登山に精神修養の要素があっても、登ること自体の楽しみは肯定されてしかるべきだとぼくも思う。しかし、遠く高い峰々を目指して困難を克服するということの楽しみは、両者に共通する。だから近代が山によって得られる精神性を否定し尽くせば、もはや登山そのものも成り立たない。
以前那智の滝をクライマーが登って問題になった。うちの田舎で言えば、臼杵石仏をよじ登るようなものなので、「罰当たり」なわけだ。ただし、「登りたかったんでしょう」というその動機自体は否定すべきことでもないので、刑事罰で問うてそれでよしとする社会はいいものだとも思わない。
大鹿村の小学生は「赤石岳に穴を開けるなんて罰当たりだ」とリニア計画に対して言ったという。富士山の下にトンネルを掘ろうとする人はいない。リニアの場合は、「掘りたかったんでしょう」という動機はそもそも仕事でやるトンネル屋に許されるものでもない。国立公園に穴を開け、小学生の普通の感覚を軽視して登山や地元の人の生活を損なっていくのが、近代が行きついた果ての単なる「金持ちの道楽」だとすれば罪深い。
現場を知らずにあれこれ言うのも何なので、南アルプスをこの間何度か登った。4年の間に地元の人とも知り合いになっていっしょにも登った。塩見岳、小渋から赤石岳、赤石沢、小河内沢、光岳、それに大鹿村の小さな山々。深い亜高山帯の森を一日登って稜線漫歩ができる山々は世界的に見てもほかにない、と専門家は言う。行くのはたいへんだけれど、その分人もいない。山小屋の主は相変わらず不愛想だ。沢に入って人と会うこともまずない。だから南アルプスが好きな登山者は今も多い。まだまだ知ってほしい自然や楽しみ方が、ぼくが行っただけでもたくさんある。
工事は着工したけれどそういう事情なのできっとJR東海には天罰が当たるだろう。工事がそのまま進むとも思えない。だからもっと南アルプスに行きましょう。(宗像充「針葉樹会報」136号)

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日向休から見た赤石岳
posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 21:29| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

多摩とリニア第6回 残土問題って何だ?

 登山者のグループでは活躍している登山者に呼びかけ人になってもらって、リニアストップの賛同運動を始める用意をしている。そのうち合わせのときに顔を見せてくれた山岳写真家の三宅岳さんは神奈川県相模原市に住む。登山の雑誌の岳人で同じ時期に仕事をしていたので顔見知りだった。

 打ち合わせでは、品川―名古屋間の86%が地下を走るリニア工事で、5680万㎥とも言われる、大量に発生する残土がどうなっていくのかが話題になった。ぼくが昨年10月に聞いた段階では、そのうち行先が決まったのは26%とのことだった。JRは自治体から提案してもらった候補地は排出量を超える容量があると言ってはいたものの、長野県豊岡村のように、周辺住民の反対に遭って撤回された場所もある。東京―神奈川だけでも1740万㎥(東京ドーム14杯分)の残土が発生するというけれど、置き場所には困るから工事はなかなか進まないのではないか、というのが反対派の楽観的見通しだった。

「JRはいったい誰と契約することになるのか確認していますか。その後その残土がどこに行くのか。ぼくが住んでいるところでは、あちこちに残土が捨てられて、とんでもないところに土が積まれたりする。どこの土が運ばれてきているのか把握できない。中にはその中に右翼の街宣車が埋められていたりすることもありますよ」

 と発言したのは三宅さんだった。山口組の抗争がリニア利権を巡ってリニアの沿線で起きているという説がある。実際、最初の抗争は飯田で起き、リニア絡みだったという噂がある。どのような利権構造になっているのか、それを聞いてもよくはわからなかったけれど、残土処理の問題もその一角を占めているのではないかと思う。実際に現地を見て勉強したいと思い、三宅さんに電話した翌日には現在は相模原市になった藤野町を、三宅さんの自家用車で案内してもらった。

 旧藤野町は中央線の高尾駅の二つ先に駅があり、都内に通勤する人もいる。アート系の人が多く移り住んでいて、出迎えてくれた三宅さんに住み心地を聞くと「最高ですよ。一年中遊べますから」と言っていた。三宅さんは地元育ちでお父さんも山岳写真家だ。残土の問題が知りたいと思ったけれど、旧藤野町もリニア工事のまさに現場で、大羽根と牧野という二カ所に坑口ができ、79万㎥の残土が発生するとされている。駅のある相模湖の左岸から橋を渡って、広大な山野が広がる右岸のあちこちの谷に残土置き場が散在し、リニアの坑口予定地もそういった谷の一角に予定されている。

IMG_5980.JPG大羽根の坑口予定地はすでに残土が積まれている

 山々に深く切れ込んだ谷が毛細血管のように入り組んだ地形を形成していて、橋から見下ろすと一見美しい谷間に見える。しかし三宅さんの説明では、残土が流出したりすることもあり、川床が荒れ、魚も住めなくなっている場所もあるという。

 三宅さんが連れていってくれたのは、「百笑の台所」というスペースで、この日は有機野菜の市場が開かれ賑わっていた。三宅さんが入っていくと、「岳さん、珍しい」とあちこちから声をかけられていて、有名人か人気者かと思ったけれど、出てきた後に三宅さんが言うには、「ここは残土置き場を整地してできたところで、経緯を知っているからぼくはあまり足を運ばない。だから珍しいんだよ」ということだった。

IMG_5969.JPG有機野菜の朝市が開かれる場所はかつての残土置き場

 藤野は以前も来たことはあったのだけれど、そういう目で見たことはなかった。今回改めて町を回って、残土の置き場を三宅さんにあちこち教えてもらって、その数の多さや不自然さに驚いてばかりだった。大羽橋のリニアの坑口周辺はすでに残土置き場として谷が埋められていて、さらにここに残土を積むのではないかと予想されている。

残土置き場から煙が発生した場所、残土置き場の下流に水が溜まって、そこに生えている杉木立が枯れている場所、残土置き場が産廃の置き場になっている場所、谷向こうの崖に積まれた残土は崩壊して事件になったという。そして案の定というか、土地の有効活用という意味でソーラーパネルの置き場になっている場所。この置き場は下部で崩壊したことがあると三宅さんが解説していたけれど、「ソーラーパネルの置き場って農薬まくんですよね」とぼくが言うと、三宅さんも驚き顔だった。その側には以前犬猫霊園の看板が出ていたということだ。

IMG_5995.JPGソーラーパネルの除草は農薬に頼ることが多い。エコ?

谷間で暮らしてきた地元の人にとっては、土地を平にして戻してくれるということなら、残土の置き場にすることに抵抗感はあまりないという。
三宅さんは牧野地区の用沢の上流の残土置き場の予定地に案内してくれた。この場所は現在国立競技場の残土が持ち込まれるということで、計画が進んでいる。しかしその前はリニアの残土を持ってくるという話だったというし、さらにその前は神奈川県の廃棄物の処分場になる計画もあったという。

現在では森林の経済的な価値はないに等しいので、そこがお金を産むということであれば、残土の置き場だろうが、採石だろうが、産廃の捨て場だろうが、ゴルフ場だろうが、何でもいいということになりかねない。二束三文の土地が投棄の対象になり、実際、牧野の坑口周辺の土地は地主が不動産屋に売って、住んで畑をしている人はリニアに反対しているのに、不動産屋に地代を払っているという変な現象も生じている。だからといって、その不動産屋がJR東海の指示でそうしているわけではなく、見込み需要をあてにして土地を買い取ったのが実情らしい。(つづく)(「府中萬歩記」28号)
posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 22:11| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする