リニア中央新幹線建設 阿智村独自の社会環境アセス 生活への影響に特化 住民の意向どこまで /長野
毎日新聞2016年3月27日 地方版
JR東海が2027年に品川−名古屋間の開業を目指しているリニア中央新幹線建設計画で、阿智村が独自にまとめた「社会環境アセスメント」が注目を集めている。事業者による環境アセスは、工事によって自然環境に与える影響を国の基準で評価するのに対し、社会環境アセスは工事車両の通行などに伴う住民生活や観光産業への影響を客観的なデータで推計する、全国でも先進的な試みだからだ。アセスの狙いと今後の課題を取材した。【湯浅聖一】
「国の基準で事業の是非を判断するのが一般的な環境アセスだが、地域の特性や課題に即した社会的影響も考慮する必要がある。議論のベースはできた。村はJR東海と協定締結という形で協議してほしい」。4日、阿智村コミュニティ館で開かれた村社会環境アセスメント委員会の報告会。1997年に浮上した県の産業廃棄物処分場計画で、当時村長として初めて社会環境アセスを実施した岡庭一雄会長は、アセス委の意義をこう語った。
村内では、南アルプストンネルを掘削する際に発生する残土の運搬が、住民の大きな不安になっている。JRの計画によると、工事期間中に残土運搬車両が国道256号を1日最大920台、作業用トンネルの坑口にあたる清内路地区の村道を同230台が通る。国道沿いには年間70万人の観光客が訪れる昼神温泉郷があり、村道は生活道路でもある。観光産業や住民生活への影響は必至だ。
村はJRに工事専用道路の建設などを要望してきたが応じる気配はないため、住民自治の手法で課題解決を図ろうと昨年5月にアセス委を設置した。岡庭会長は「JRの自然環境中心のアセスに対するアンチテーゼとして提言する必要があった」と狙いを語る。
アセス委は、国道交差点4カ所で交通量を調査。JRが見込む920台の車両を加えると、ピーク時(午前8〜9時)の大型車両は、昼神温泉入り口で現在の40台から152台、中央自動車道園原インターチェンジで25台から137台に増加、3台に1台が大型車両の通行になることが判明した。
他に16歳以上の村民と観光客を対象にしたアンケートや、温泉旅館経営者への聞き取りなど、六つの調査を実施。大型車両の通行で「自然環境の破壊」「居住環境の悪化」が心配されると回答した住民が75・4%に上った。これらの結果を基にアセス委は、残土運搬車両の大幅削減など11項目の提言を報告書にまとめ、熊谷秀樹村長と村議会に提出した。
アセス委の岡庭会長は「大型プロジェクトの議論では地元住民が賛成と反対に分かれ、感情的になるのが常。アセス委は住民が同じテーブルに着き、生活への影響に特化したことで共通の価値観を持つことができたのではないか」と評価する。
半面、アセス委が村に求めた内容はハードルが高く、実現性を懸念する声もある。村もJRとの協議が容易でないことを認めたうえで「具体的にどう進めるかを検討している。アセス委の提言を最大限尊重する形で協議したい」と話す。
超大型プロジェクトに住民の意向がどこまで生かされるか。村の手腕が問われている。
◆社会環境アセス委報告書骨子
・残土運搬車両の大幅な削減
・「花桃まつり」開催中の残土運搬中止
・ガードレールや信号機の設置など道路の安全対策
・観光資源を保全するための協定締結
・自然環境や地域経済への悪影響を避けるための代替案協議
・生活環境保全のための協定締結
・村内各地区が策定した地域振興計画の尊重
・交通事故防止対策
・定住政策への阻害要因防止
・観光客が事故や渋滞に巻き込まれないための対策
・土曜、祝日の工事車両通行の再検討
毎日新聞2016年3月27日 地方版
JR東海が2027年に品川−名古屋間の開業を目指しているリニア中央新幹線建設計画で、阿智村が独自にまとめた「社会環境アセスメント」が注目を集めている。事業者による環境アセスは、工事によって自然環境に与える影響を国の基準で評価するのに対し、社会環境アセスは工事車両の通行などに伴う住民生活や観光産業への影響を客観的なデータで推計する、全国でも先進的な試みだからだ。アセスの狙いと今後の課題を取材した。【湯浅聖一】
「国の基準で事業の是非を判断するのが一般的な環境アセスだが、地域の特性や課題に即した社会的影響も考慮する必要がある。議論のベースはできた。村はJR東海と協定締結という形で協議してほしい」。4日、阿智村コミュニティ館で開かれた村社会環境アセスメント委員会の報告会。1997年に浮上した県の産業廃棄物処分場計画で、当時村長として初めて社会環境アセスを実施した岡庭一雄会長は、アセス委の意義をこう語った。
村内では、南アルプストンネルを掘削する際に発生する残土の運搬が、住民の大きな不安になっている。JRの計画によると、工事期間中に残土運搬車両が国道256号を1日最大920台、作業用トンネルの坑口にあたる清内路地区の村道を同230台が通る。国道沿いには年間70万人の観光客が訪れる昼神温泉郷があり、村道は生活道路でもある。観光産業や住民生活への影響は必至だ。
村はJRに工事専用道路の建設などを要望してきたが応じる気配はないため、住民自治の手法で課題解決を図ろうと昨年5月にアセス委を設置した。岡庭会長は「JRの自然環境中心のアセスに対するアンチテーゼとして提言する必要があった」と狙いを語る。
アセス委は、国道交差点4カ所で交通量を調査。JRが見込む920台の車両を加えると、ピーク時(午前8〜9時)の大型車両は、昼神温泉入り口で現在の40台から152台、中央自動車道園原インターチェンジで25台から137台に増加、3台に1台が大型車両の通行になることが判明した。
他に16歳以上の村民と観光客を対象にしたアンケートや、温泉旅館経営者への聞き取りなど、六つの調査を実施。大型車両の通行で「自然環境の破壊」「居住環境の悪化」が心配されると回答した住民が75・4%に上った。これらの結果を基にアセス委は、残土運搬車両の大幅削減など11項目の提言を報告書にまとめ、熊谷秀樹村長と村議会に提出した。
アセス委の岡庭会長は「大型プロジェクトの議論では地元住民が賛成と反対に分かれ、感情的になるのが常。アセス委は住民が同じテーブルに着き、生活への影響に特化したことで共通の価値観を持つことができたのではないか」と評価する。
半面、アセス委が村に求めた内容はハードルが高く、実現性を懸念する声もある。村もJRとの協議が容易でないことを認めたうえで「具体的にどう進めるかを検討している。アセス委の提言を最大限尊重する形で協議したい」と話す。
超大型プロジェクトに住民の意向がどこまで生かされるか。村の手腕が問われている。
◆社会環境アセス委報告書骨子
・残土運搬車両の大幅な削減
・「花桃まつり」開催中の残土運搬中止
・ガードレールや信号機の設置など道路の安全対策
・観光資源を保全するための協定締結
・自然環境や地域経済への悪影響を避けるための代替案協議
・生活環境保全のための協定締結
・村内各地区が策定した地域振興計画の尊重
・交通事故防止対策
・定住政策への阻害要因防止
・観光客が事故や渋滞に巻き込まれないための対策
・土曜、祝日の工事車両通行の再検討