2016年03月29日

早川の流れ

【2016年3月5日の早川のレポートです】
 
 富士川沿いに静岡県へと向かう国道を途中から分け入ると、支流の早川は両岸が迫る。トンネルをくぐり、大小さまざまの橋を渡り、二車線の県道は一路北へとのびていく。途中、ユネスコエコパークの大きな看板が目に入る。
一昨年、南アルプスは自然と人間との共生を目指すモデル地域、ユネスコエコパークに認定され、早川町は大鹿村と同様、持続可能な地域づくりのモデルとなる取り組みがなされるはずの移行地域に、ほぼ全域が指定されている。残りの地域は自然保護のための場所で、南アルプスの山岳地域がそれにあたる。貴重な自然を活かしながら地域生活を送る人々の取り組みが世界的に認められた。町はそれを観光資源として積極的に売っている、ということのようだ。
 ここ何年か、リニア中央新幹線が南アルプスを通過することを取り上げてきた。最初のほうは記事を作っていた。それが結局、登山者の運動も始めることになった。昨年末、JR東海は山岳トンネルの山梨県側の、坑口出入り口のこの早川町で起工式を行い、南アルプストンネルの着工を表明した。待ったなしなのに、早川町での反対の声はなかなか聞こえてこない。人を紹介してもらって直接行ってみることにした。
 早川町は南アルプスの山梨県側で、北は百名山の間ノ岳のある南アルプス主脈、西側は間ノ岳から南にのびる白根南嶺、東には櫛形山、南に身延山地の七面山がある。四方を山に囲まれていて、その間を南北に富士川へと注ぐ早川が流れている。町はこの川沿いに点々と集落として点在している。南アルプスを挟んで長野県側の大鹿村同様、日本で最も美しい村連合に加盟している。人口は1100人に少し足りないくらいで、大鹿村よりほんの少しばかり多い。
ちなみに大鹿村は長野県で一番広い村という。早川町は日本で一番小さい「町」ということのようだ。どっちのほうがすごいのだろうか。
 町に入ってしばらくすると、信仰の山、七面山への登拝の宿場町、赤沢宿へと登る道が左に分かれている。車でずっと登っていくと斜面に古い家々の集落がぽっかりと開ける。宿坊として歳月を重ねた家々が軒を重ねる。
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看板が出ていて、道路から階段を上った先にそば屋があるので入ってみると、店員さんが二人にメニューは数品で、1000円の定食でそばから天ぷらから煮つけからと、次々に出てくる。
今回の同行者は大学の山岳部のOGのKさんと、登山の雑誌の編集部にいっしょに出入りしていたTさん。リニアのことで集会をしようとわらわらと集まってきた登山者ということになる。「満足度高いよね」と三人ともただの観光客になって店から出てきた。
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休憩所兼、観光案内所の屋敷に行って、奥から出て来た若い女性にTさんが、「リニアが来るそうですが、何か変化がありますか」と聞くと「あんまりよくわかんないですよね。こっちのほうは工事現場からは遠いですし、工事車両は増えたようですが」と要領を得ない答えが返ってきた。工事が始まれば一本しかない県道に、片側、一日最大465台の工事車両が走り、326万㎥、東京ドーム3つ分くらいの土砂が排出されるはずなのに、とても関心が高いとは言えなさそうだ。

その一本の県道を北上する。前回工事現場を見に来たのは2012年だからもう4年前になる。以前は古い役場が町外れに立っていたのが、今回行くとピカピカの庁舎になって、数日後のオープンを待っていた。
途中、トンネル工事が行われる直前の集落、新倉には、プレハブの作業員の宿舎が作られる最中だった。
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以前も立ち寄ったボーリング調査のトンネル掘削の出口には、トンネルの上にしめ縄が据えられ、業者の出入りが見られた。トンネル入り口のあるフェンスの向こうに、車で乗り付けた作業員に工事はいつ始まるのか聞いてみた。まだ掘削はしていなくて、このトンネルから本坑トンネルも掘り進めていくのだという。
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ここから歩き進めると、V字型の渓谷が上流へと続く。Tさんがあんまり斜面に寄らないように注意する。川沿いの林道上にはいくつも落石が転がっていて、周囲の地形も崩壊地が目につく。現在も導水トンネルがアーチ状に川をまたいでいるのが下流から望める。リニアの路線は、この川の上方を橋梁でまたいで通過する。そして、南アルプスの山腹へと突入していく。この周辺は、山梨県の景観保全地区に指定されている。JR東海の環境影響評価書では、塗装などで気を使うので、景観への配慮はするということのようだ。
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さらに県道を北上すると、早川最後の集落、奈良田に着く。ここは南アルプスの最高峰で、日本でも第二の高峰の北岳の登山口、広河原へと至る登山バスの発着場で、温泉旅館もある秘湯だ。登山者以外にはドンづまりだったところが、山梨県はここから目の前の山にトンネルを掘って、山をまたいだ南アルプス市芦安側に道路を延ばすことを表明している。この周遊道路ができると、早川を南下してずっと遠回りして甲府方面に行っていたのが、ぐっと短縮されることになる。地元の人の悲願だったところ、実際にはそのトンネル建設にはJR東海がお金を出して、リニアトンネルから排出された残土をこのトンネルを使って反対側に運んで、駐車場を整備するのだという。
旅館の人は、「トンネルは作ってほしかったけど、リニアがらみかと思うと……一日900台も車が通るとなると、客は来なくなる。それも1年我慢すればいいという話じゃなくて10年も続く。首をくくれというのか」と当たり前の不安を表明していた。
ところが町長は大丈夫だというだけだし、JR東海の説明も、地区ごとの説明会をするという約束も守られず、何も知らされない。工事は着工といっても、東京ドーム3つ分の残土の置き場を町内だけで賄えるはずもないのに、周遊道路のトンネル工事も進んでいるようにも見えない。ここから先の道路は狭隘部分も多いという。その方の私有地も周辺にはあるし、土地買収も行われていない。ここに来るまでの橋は古い電源開発の道路で、14トンまでの車輛しか通過できない。当然20トンまで積載する工事車両は通過できない。
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疑問は膨らむばかりなのに、起工式や宿舎建設は進んで工事の体裁だけは整えられる。業者に仕事を回しているのだろうけれど、「実際のところ」の現実味がちっとも感じられない。それは、ずっとここに暮らしている宿のご主人と、はじめてここで話を聞くぼくたちと、どっちも同じだった。
こういうやり方は、各地でかえって反発を招いていて、リニア工事があちこちで小とん挫を積み重ねている原因にもなっている。「ご理解ください」と自分たちのやり方だけ押し付けて、理解してもらおうという気のない事業は、そのうち収拾がつかなくなるというのが流れになっているようだ。そうなったところで、工事業者は工事が続けば問題ない。実態がわかってリニアへの疑問が大きくなっても、今さら「リニア反対」とは言いにくいようだ。
この町の町長はすでに9期目で、この9月にある選挙で10選目を目指すという。町内には旅館や登山口などの観光施設も少なくないけど、採石工場など工事施設も少なくない。義務教育にかかる経費の完全無償化に取り組んでいる町だけれど、人口はずっと減り続けている。この町長が就任しただろう1980年ごろは3000人が今はその3分の1だ。これはこの町長の施政とは関係ない、世の流れ、ということなのだろうか。
自然との共生を掲げて、世界自然遺産を目指すのも、リニアとトンネルを通して町に仕事を持ってくるのも、どっちも世の流れなわけで、町長はその流れにうまく乗っているつもりなのだろうけど、どう考えても違う方向に引き寄せられる流れだと思う。本当に両方実現するのだろうか。というか、そのかじ取りでちゃんと岸に戻ってこられるのだろうか。
(宗像 充、「並木道」145号より、2016年3月発行)
posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 21:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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