2016年10月07日

ああ、大鹿ダンプ街道

長野県、大鹿村でのイベントです。


講演と報告
ああ、大鹿ダンプ街道
〜リニア工事が終われば村は元に戻るのか〜


「10年たったら静かな大鹿村に戻る」

本当でしょうか。

JR東海が進めるリニア中央新幹線事業。
大鹿村は長野県で最大の影響を被ります。
中でもトンネル工事によって排出される残土を運ぶために
一日1000台以上の工事車両が通行する予定です。
その影響が何をもたらすのか、誰も予測がつきません。

「道がよくなるならリニアは受け入れるべきだ」
「工事を早く終わらせるため、多少は我慢しないと」
「残土は有効活用できるから村内に置いてもいい」

かつて、山砂の産出地域では、
大量のダンプの通行による騒音・振動、粉じん、排気ガス、
交通事故などで住民の生活環境が大きく壊されました。
そういった被害は「ダンプ公害」と呼ばれています。
死亡事故が起きれば道を広げ、バイパス道が作られました。
そしてそれらの地域では現在、
残土や廃棄物の処分場の問題に住民たちは悩んでいます。

大鹿村は「ダンプ街道」と無縁でしょうか、それとも……


■日時 2016年10月30日(日) 午後2時〜4時
■場所 大鹿村公民館鹿塩地区館大広間
(長野県下伊那郡大鹿村大字鹿塩2610)
■資料代 500円
□お話
佐久間充さん(女子栄養大学名誉教授、保健社会学)
「各地のダンプ街道のこれまで」
佐々木悠二さん(元高校教員、小櫃川の水を守る会事務局長)
「千葉県君津市の残土・廃棄物問題・ダンプ公害」
□報告(予定) 「大鹿村の残土置き場の実情」

主催「ああ、大鹿ダンプ街道」集会実行委員会
TEL 0265−39−2067(宗像) 


講師紹介
・佐久間充
1937年生まれ。東京大学、女子栄養大学で教える。
1970年代から学生とともに千葉県君津市のダンプ公害の調査を行う。
住民だけでなくダンプにも同乗した綿密で公平な調査は、
他地域のルポとともに『ああダンプ街道』(岩波新書、1984年)
にまとめられた。
他著書に『山が消えた 残土・産廃戦争』(岩波新書、2002年)

・佐々木悠二
千葉県君津市在住。高校の元地理の先生。
在職時から小櫃川を守る活動を30年近く続ける。
また、君津地域のダムや山砂採取、産業廃棄物、放射性廃棄物、干潟などの
環境問題に取り組み、いくつもの開発計画を食い止める。
地元三市の水道水源保護条例や、
県外からの残土持ち込みを防ぐ君津市の残土条例の制定にも尽力。



posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 19:41| Comment(1) | イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月06日

松川町の残土置き場

161006松川残土.jpg
posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 21:54| Comment(0) | 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

多摩とリニア第8回 残土問題って何だ? (下)

残土と廃棄物銀座
 神奈川県相模原市藤野を見学する直前、ぼくは千葉県君津市の産業廃棄物処分場を取材で訪問した。取材の目的は、当時長野県宮田村で問題になっていた、8000ベクレル以下の「低レベル」放射性廃棄物を受け入れる管理型処分場が実際問題安全なのか、というのを「先行事例」を見て検証するためだ(「週刊金曜日」で発表済み)。地元で地理を教えていた退職教員で、処分場の反対運動をしてきた佐々木悠二さんに案内してもらって、現地まで車で見に行った。
 現場は「馬の背」と呼ばれる長細い尾根の途中にある。流域自治体の水源地にもなっている。それでなくても「こんなところに」という場所に放射性廃棄物が続々と運びこまれていて、もうげっそり。ところが処分場を見に行ったのに、ほかにも目に入るものがたくさんあった。
 というのは、長細い尾根の上に林道が走っていて、物を落とせばコロコロと両側に転がっていく地形なので、廃棄物の不法投棄が絶えないのだ。廃棄物にはいろいろあって、廃車や各種の産業廃棄物、家電の類の家庭ごみまでありとあらゆるものが不法投棄されてて、あちこちでフェンスで目隠しされている。ベンゼンなどの有害化学物質が検出されて問題になったところもある。残土の問題と同じで、一度捨てられた地域は業者に目を付けられる。こうなると管理していたほうがまだましだと管理型処分場が作られることになる。

山砂と残土、ダンプ公害
 現地への往復でやたらめったらダンプが行き交っているのを不思議に思って佐々木さんに「ダンプ多いですね」と聞くと、もともと山砂を搬出するダンプ公害で有名になった地域なのだという。岩波新書で『ああ、ダンプ街道』という本もある。最盛期は一日4000台もダンプが通行していた。当初は道路舗装も追いつかず、粉じんと埃で街道沿いは朦朦としていたという。当然街道沿いの家は窓を締め切り、それでも家の中に砂が降り積もる。ダンプは交差点などでは家屋に飛び込むし、通行人はダンプが来ないときを狙いすまして道を移動する。交通事故で死者が出て、結局バイパスを作って街道沿いの被害が軽減されたという地域なのだ。
 この地域は東京湾が隆起してできた土地で、良質な山砂が取れ、戦後山から砂利が次々と削り取られた。断崖になった地形があちこちに見られる。地域の公害対策協議会の委員もしている佐々木さんに、現在の主要な山砂の採取地を入り口から見せてもらった。以前はあった山がなくなった場所と聞いて驚いた。千葉県の緑地減少率は日本一。砂は東京湾を埋め立てたり、高層ビルになったりしてきたのだ。

IMG_5932.JPG残土が積みあげられている場所

山砂を削り取った場所には、今度は他の地域から残土が運びこまれる。いずれにしても、業者にとっては運べばそれだけ金になるわけだから、運ぶものが山砂だろうが、残土だろうが、廃棄物だろうが、放射性物質だろうが、何でもよい。危険で嫌がられるものであればあるほど高い値がつくわけだから、費用対効果から放射性物質のようなより高値で取り引きされるものへの誘因は常に働くし、不法投棄へのインセンティブもある。そういうわけで、房総半島一帯は廃棄物銀座や、残土処分場、山砂採取地が隣接してあちこちにある。
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残土採取地。ここにはかつて山があった。


置けば生じる心配事
 地元は業者と協定を結んだり、残土条例を作ったり、業者も入った公害対策協議会を作ったりと対策を打ってきた。とはいえ、一度不法投棄されたもので被害が出れば、業者は逃げてしまったり、そもそもその業者自体がなくなっていたりすることもあるので、行政が税金を使って処理することになりがちだ。「管理型」といえども、「全国の管理型処分場で漏洩してないところはない」と佐々木さんは解説する。見に行った君津市内の民間の管理型処分場は、配管がつまって縁から汚水があふれ出て1年間操業がストップした。
 この地域は、上総掘りという伝統的な手法で掘られた湧水の、昔からの装置があちこちで見られる。処分場の下流の久留里の町には造り酒屋もあり、こういった地下水が汚染されないとも限らない。埋め立てた後30年間監視する管理型処分場も、地下水はもっと長年月の水が現在地上に湧出しているかもしれないし、影響がいつ及ぶともわからない。そのころに管理型処分場が管理されているかもわからない。影響が出るのが子孫の世代ということも考えられる。これは、化学物質が時間を置いて影響することもありうる残土においても言えることではないだろうか。
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上総掘り


終わりにならない、始まりだ
リニアの工事予定地で、「10年我慢すれば静かな地域が取り戻せる」という言葉を度々耳にすることがある。しかし、藤野や君津を見て思ったのは、実際にはそうではなくて、それが始まりに過ぎないということだ。佐々木さんは「廃棄物と残土の問題は根は同じ」と言ってもいたけれど、「原発と廃棄物の問題は同じ」とも言っていた。その心は「みんなの問題を金の力で考えなくていいようにしてしまう」ということ。利用価値のなくなった土地が金を生むとなれば、「いくら金をもらえるのか」が常に頭の片隅にあり、自然や環境はそのためにしか価値があるものと見られれなくなる。タカリの構造が生まれ、それを回す経済や公共事業に依存する体質が地域に根づく。
つまり、残土や廃棄物の問題は、地域の産業構造を持続可能なものからタカリの経済へと転換する踏み台として機能している。そしてそれらすべての問題を提供するのが、「リニア」なのだ。
 

posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 20:16| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする