2016年07月24日

南アルプスの山とリニア

 登山の雑誌の取材で、リニア新幹線の工事予定地に入るという名目で、南アルプスの大鹿村に入ったのが4年前の2012年。大学1年のときに冬山の偵察で小渋川から荒川三山の登山に来たのが1995年の秋だったので、17年ぶりの大鹿村だった。学生のときどういう風景だったのかちっとも覚えていない。村からは小渋川沿いに赤石岳がよく見えて、モノトーンの過去の記憶が鮮やかに色づいていった。17年前には、最後の集落の釜沢で4年の渕沢さんが「こんなところによく人が住んでいるよなあ」と言った言葉を、今もよく覚えている。
 その釜沢がリニア中央新幹線の南アルプスルートの工事現場になる。釜沢の手前には日向休という赤石岳のよく見える場所がある。そこに南アルプストンネルを出たリニアの路線が橋梁で小渋川をまたぐことになっている。ウェストンの『日本アルプス登山と探検』には、ウェストンが駒ケ根から分杭峠を越えて秋葉街道沿いに大鹿村に至り、そこから赤石岳を目指した記録がある。1892年のことだ。当時、南アルプスの最高峰は赤石岳と考えられていて、それが山脈名にもなっている。
ウェストンは村の人の紳士な対応に感銘を受けたようで、それを著書で紹介し(読んでください)、村の人は自分たちのことを世界に知らしめてくれたウェストンを顕彰する記念碑を2012年に建立している。
ウェストンが持ち込んだ「近代登山」を、恐れ敬う対象としての山から娯楽を本道とする登山形態への移行と乱暴に言ってみよう。登山に精神修養の要素があっても、登ること自体の楽しみは肯定されてしかるべきだとぼくも思う。しかし、遠く高い峰々を目指して困難を克服するということの楽しみは、両者に共通する。だから近代が山によって得られる精神性を否定し尽くせば、もはや登山そのものも成り立たない。
以前那智の滝をクライマーが登って問題になった。うちの田舎で言えば、臼杵石仏をよじ登るようなものなので、「罰当たり」なわけだ。ただし、「登りたかったんでしょう」というその動機自体は否定すべきことでもないので、刑事罰で問うてそれでよしとする社会はいいものだとも思わない。
大鹿村の小学生は「赤石岳に穴を開けるなんて罰当たりだ」とリニア計画に対して言ったという。富士山の下にトンネルを掘ろうとする人はいない。リニアの場合は、「掘りたかったんでしょう」という動機はそもそも仕事でやるトンネル屋に許されるものでもない。国立公園に穴を開け、小学生の普通の感覚を軽視して登山や地元の人の生活を損なっていくのが、近代が行きついた果ての単なる「金持ちの道楽」だとすれば罪深い。
現場を知らずにあれこれ言うのも何なので、南アルプスをこの間何度か登った。4年の間に地元の人とも知り合いになっていっしょにも登った。塩見岳、小渋から赤石岳、赤石沢、小河内沢、光岳、それに大鹿村の小さな山々。深い亜高山帯の森を一日登って稜線漫歩ができる山々は世界的に見てもほかにない、と専門家は言う。行くのはたいへんだけれど、その分人もいない。山小屋の主は相変わらず不愛想だ。沢に入って人と会うこともまずない。だから南アルプスが好きな登山者は今も多い。まだまだ知ってほしい自然や楽しみ方が、ぼくが行っただけでもたくさんある。
工事は着工したけれどそういう事情なのできっとJR東海には天罰が当たるだろう。工事がそのまま進むとも思えない。だからもっと南アルプスに行きましょう。(宗像充「針葉樹会報」136号)

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日向休から見た赤石岳
posted by リニア新幹線を考える登山者の会 at 21:29| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リニア新幹線沿線住民ネットワークのレポート

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赤旗「リニアで南アルプスを壊さないで」2016.7.24

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